テレパシーの話。

カフェのひとには、テレパシーの能力があるのかな。

それともわたしに、あるのかな。


「なにをオカルトな。」

なんて、つっこまれそうですね(笑)


カフェというのは実に不思議なもので

めったに通う場所でなくとも

少し遠くてたまにしか行けないお店であっても


ふと

本当にふと


今日はあそこのカフェへ行こうかな、なんて考えが

それはそれはもう唐突に

”降りて”くる

ことが、少なくない。

まるで見えないなにかに導かれているかのように。


もう何年も行ってないような懐かしいお店とか

ましてや一度も行ったことないお店とか

もちろん、いつもの馴染みのお店も

どこが”降りて”くるかは、自分にも全くわからない。

予感とか前触れなんてものは一切ない。


突然、でもごくごく自然に、舞い降りてくる。


そしてそんなときには決まって

そこには、自分が求めていた何かが、”落ちて”いる。




何か、っていうのはたとえば


おいしいお菓子だったり、特別なコーヒーだったり。

飢えていた時間だったり、恋しいぬくもりだったり。

誰かとの出会いだったり、欲していた言葉だったり。


自分でも気づかないうちに探していたもの。

知らないうちに心の奥でひっかかってことを、取り除いてくれるもの。

それが、意図せず手に入る。


よく知っているお店に、自ら求めて行かずとも

全く知らないお店、たまたま出会ったお店でも

そんなことが少なくないのだから、ほんと不思議。

摩訶、不思議。


カフェの店主みんなに

「あんたのことなんて、すべてお見通しよ」

って言われている気分。



そう言えばとあるカフェのひとが

「すべてのできごとは、”そうなる”って最初から決まってる」

なんて話してた。


いつ、どこに行って、何が起こるかはすべて決まっていて

わたしたちは知らず知らずのうちに従っているだけ。

だから、どんな場所、人との出会いも


必然、なんだって。


テレビでよくいう

「ピーンときた」でも「衝撃が走った」でもなく

何気ない、あったかい出会いも全部

起こるべくして、起こった、運命。



”降りてきた”答えにしたがって

その場所に行かなければ、決して成立しない出会い。


そして、”落ちている”ヒントに

気づけるか気づけないかも、自分次第。



ちなみに、決して

常にそんなスピリチュアルな気持ちでカフェを巡っているわけじゃないです。笑


でもちょっとだけ、ほんのちょっとだけでも

この場所に来た意味を考えてみたら

もっと、いろいろなお店の表情が見えてくるかもしれない。

粉のカタマリ。

スコーンってほんと自由。 つくり手が「スコーン」と名付けてしまえば それがパンのようにふかふかであろうと クッキーのようにサクサクのぺったんこであろうと それは「スコーン」以外のなにものでもなくなるんだもの。 千差万別。 個性あふれる不思議な不思議な"粉のカタマリ"。 そこに込められた、店主のメッセージを 感じたい、伝えたい。

RIN

スコーンの人。
カフェエッセイの制作、ちょこっとライターもやってます。
スコーン求めて全国カフェ行脚。
ザクザク茶色い焼菓子とおいしいカレーが好き。