街とカフェの話。

カフェは、街と生きている。

カフェは、街のひとと生きている。




どんなお店も

必ずどこかの街にあって、街の人のそばにいる。


そこにある理由は、さまざま。


「地元だから」「学生時代にこの街で育ったから」

さぞかし強い想いがあるひとばかりかと思いきや

「知り合いに紹介してもらって」「実は縁もゆかりもないんです」

なんて話も意外とよく聞く(笑)。




ただ理由がなんであれ

その店が今、その街のなかにあることは

まぎれもない事実。




-----



お店を巡るたびに、おもしろいなって思う。

おなじ東京、おなじカフェという形態なのに

それぞれの場所に集まるお客さんってまったく違うから。



もちろん、店主の「好き」が違えば

共感し、訪れるお客さんも変わるのだけど



それでもやっぱり

年齢層、家族構成、装い

好みのメニュー、ボリューム、価格。

その土地らしさが全くない、なんてことはない。



カフェに行けば、街を知ることができる。

地域を感じることができる。



いちばん手軽で、手頃で

そして何よりもリアルな、「街体験」の場、なんじゃないかな。




たとえ、遠方からはるばる来るお客さんばかりの人気店であっても

たとえ、その地に特別な感情を持たない店主の店であっても


「そこにカフェがあること」


を、街の人が認めてくれているから

お店はその場所に存在し続けることができる。




街がなければ、そのカフェはなかったかもしれないもの。

街のひとがボイコットを起こしたら(笑)

そのカフェはなくなっていたかもしれないもの。


そしたらわたしたちは

お店にも店主にも、そこから生み出されるすべてのものとも

出会うことはなかったかもしれない。



カフェを通して、日常の小さな幸せを感じることができるのは

街のひとのおかげ、なんだよね。




どんな店も、街と共にある。

街のひとと、共にある。

そしてわたしたちもそんな街と、共存している。

はじめて行く、どんなに馴染みのない場所であっても。




とは言え、どっかの映画みたいに

街の中心で愛を叫ぶ、なんてできないから

誰に伝えればいいのかわからないから




やっぱり、カフェのひとに、伝えておくね。

「ありがとう。」って。





だって、カフェは、街の一部だから。






たまにはのんびり、自分の街を歩いてみよう。




粉のカタマリ。

スコーンってほんと自由。 つくり手が「スコーン」と名付けてしまえば それがパンのようにふかふかであろうと クッキーのようにサクサクのぺったんこであろうと それは「スコーン」以外のなにものでもなくなるんだもの。 千差万別。 個性あふれる不思議な不思議な"粉のカタマリ"。 そこに込められた、店主のメッセージを 感じたい、伝えたい。

RIN

スコーンの人。
カフェエッセイの制作、ちょこっとライターもやってます。
スコーン求めて全国カフェ行脚。
ザクザク茶色い焼菓子とおいしいカレーが好き。