オーラの話。


たとえば、すっごくシックなジャズ喫茶とか

たとえば、すっごくメルヘンなティールームとか

たとえば、すっごくアメリカンなカフェダイナーとか



どう考えても

自分の趣味とは似ても似つかないお店でも

粉のカタマリを見つけては

ついつい気になってしまう。






せっかちだから

しっとりと音楽を聴くキャラでもないし

かわいらしい花柄や、テディベアに囲まれた部屋は落ち着かないし

大音量の音響や

ファンキーなノリが得意なわけでもない。



それでも、そこに

店主の強烈な個性が表れているからこそ

この店主が作る粉のカタマリは

いったいぜんたい、どんなものなのだろうかと

ついつい、興味を惹かれてしまう。

(怖いもの見たさもあるのかもしれないけれど)





そういうお店に限って、なんか不思議なもので

どう考えても

自分の趣味とは似ても似つかないお店なのに(2回目)


あ、なんかこういうのもいいかも


って、すんなりと、思えることがある。








今まで、どうしてかなんて、考えたこともなかった。




いつも単純に


いい出会いだったなって、お店を出るだけ。







でも、ふと、感じた。


店主から、幸せオーラが出ているんだ。



や、冗談じゃなくほんとに(笑)



簡単に言うと、つまりのところ

なんだか、とっても楽しそう。





自分の好きな空間で

自分の好きなことをして

自分の好きな時間を過ごしている。




だから

隠しきれない幸せオーラを

キラキラと放っている。




ま、まぶしい...…。






そんな中でいただく粉のカタマリは、なんだかまた格別で。

ハッピーをおすそわけしてくれる、幸せスコーンなわけで。




ここはきっと自分の好みじゃない

ここはきっと自分には合わない



そんな先入観って

ほんとに単なる先入観でしかなくて

誰かのなにかの情報に惑わされたり

自分の勝手な妄想に囚われたりしているだけで


なんてもったいないんだろう


って、そのたびに、これまたひとり勝手に

小さな反省会。






もちろん

行きたくない場所に無理やり行くのは本末転倒だし

スコーンがあるところならどこでもかしこも、

というつもりは決してない。





ただあらためて


「"自分"で感じること、"自分"で足を運ぶこと」の


大切さ、そして楽しさに、気づかされる。










思わぬ出会いがあるからこそ

粉のカタマリをめぐる旅は、楽しくてしかたがない。





粉のカタマリ。

スコーンってほんと自由。 つくり手が「スコーン」と名付けてしまえば それがパンのようにふかふかであろうと クッキーのようにサクサクのぺったんこであろうと それは「スコーン」以外のなにものでもなくなるんだもの。 千差万別。 個性あふれる不思議な不思議な"粉のカタマリ"。 そこに込められた、店主のメッセージを 感じたい、伝えたい。

RIN

スコーンの人。
カフェエッセイの制作、ちょこっとライターもやってます。
スコーン求めて全国カフェ行脚。
ザクザク茶色い焼菓子とおいしいカレーが好き。