ふたつの話。


かくいうわたしも

思わず惚れ惚れする

粉のカタマリの姿はあるもので。










「スコーンは、ふたつがいい」








そんな勝手な持論を展開しております。








ちょこん、ちょこん、って

ふたつ仲良く並んでいる粉のカタマリを眺めている瞬間が

食べているときと同じくらい、好き。






ニヤニヤしながら写真を撮っていることは

自分でもわかってる。

それでもこの瞬間は、ニヤけずにはいられない。





なんだろう。

わが子を撮る親の気持ち?(笑)

(わたしが作ったわけではないのだけど)

愛犬を撮る飼い主の気持ち?





可愛くて、いとおしくて

思わずずっとながめていたくなる。

(おいしいうちに、いただきますよ)




もちろん、大きさも違えば、そのときのお腹の調子によっても違うから
どんなときでも絶対ふたつ!とは言えないよ。

ちょっと軽く食べたいときや
ぎゅっと詰まったスコーンは
ひとつから食べられるお店ってありがたいなあと
とっても嬉しい。



それでも、仲良く横並びで鎮座するスコーンの姿に
思わずホイホイと釣られてしまう。

世間でいう
「恋人は顔か中身か」に近い感じ(笑)
完全”顔派”にんげんと化して
ふ、ふたつで.....、と言ってしまう。






ふたつ、って

いいこといっぱいあるの。





「まだいっこある」







そう思うだけで、

ひとつめの、はじめの一口から

思うぞんぶん、まっすぐに


目の前の粉のカタマリを受け入れることができる。







「もったいない」  とか

「なくなっちゃう」 とか


そんな心配はいらない。





ふわふわした食感も

ザクザクした香ばしさも

バターや粉の香りも





やっぱりおっきい口でほおばったほうが

おいしいじゃない。








ふたつあるとね





いっこめを食べ終わっても

お皿の上に、もういっこがおとなしく待っていてくれて

なんだかその姿がお利口さんに見えて

また、かわいいなあって思うのですよ(笑)






作ってる人じゃないので

親バカならぬ

他人バカってところでしょうか。











結局、終始









ニヤけてるってことで。

粉のカタマリ。

スコーンってほんと自由。 つくり手が「スコーン」と名付けてしまえば それがパンのようにふかふかであろうと クッキーのようにサクサクのぺったんこであろうと それは「スコーン」以外のなにものでもなくなるんだもの。 千差万別。 個性あふれる不思議な不思議な"粉のカタマリ"。 そこに込められた、店主のメッセージを 感じたい、伝えたい。

RIN

スコーンの人。
カフェエッセイの制作、ちょこっとライターもやってます。
スコーン求めて全国カフェ行脚。
ザクザク茶色い焼菓子とおいしいカレーが好き。