底の話。

まじめな話ばかりもなんなので、ここらで少しおいしい話を。



たとえば食パンを食べるときに

ミミの部分が好きなひとと

なかの部分が好きなひととがいる。

(ちなみにわたしは、断然ミミ派!)


たとえばたいやきを食べるときに

しっぽから食べるのが好きなひとと

頭から食べるのがすきなひとがいる。

(これはあまり、気にしたことはない)


たとえばカレーを食べるときに

ぜんぶ混ぜて食べるのが好きな人と

少しずつ、混ぜながら食べるのが好きなひとがいる。

(……まぜないね。交互に食べてる気がする…)




特別な好物じゃなくても

食べ方や楽しみ方には

みんな、意外と譲れないもの、あるよね。




それが好きなものとなればなおのこと。



わたしの中でも

わたしなりのスコーンの食べ方というものがある。



いや



あるらしい。




最初はそんなことにはまったく気づいてなくて

意識的にそうしようと思っていたわけでもなくて


ただただ、おいしいなと思って食べていたら

いつもお皿に上に最後に残るのは



こんがり焼けた底の部分。

それも「角っこ」。



そう、言ってしまえばわたしは

スコーンの”角フェチ”みたい。




いつからそうなったのかすら覚えていない。

なんでそうするようになったのか

なんて考えたこともないし

そもそも理由なんて、なんでもいいのだと思う。



ただただ、自分がそうするのがおいしいと感じているから。

ただただ、自分がそうやって食べたいから。



好きなものは最後に食べる派、なもので。




焼いている間、唯一天板に触れているのが底のぶぶん。

いちばんこんがりと焼かれて

ふかふかと膨れることもなく

ぺたーっと粉が密集している(気がする)。



特に角っこは、底と側面の四方八方から

粉がぎゅっと寄り集まった

粉のカタマリ、の中の、さらなる粉のカタマリ。



お皿の上に最後に残る角っこが、いつも愛おしい。

「あぁ、なくなっちゃう……。」

って、最後の一口が名残惜しい。



でも食べると、たまらなくおいしい。





きっと、それでいい。




最後に角っこを残すのは、わたしが好きな食べ方であって

みんながそうとは限らない。


みんなが、そうでなくていい。




目の前にある粉のカタマリにちゃんと向き合って

まっすぐ味わうことができたら

粉も、店主も、きっと、それでいい。






とりあえず、わたしは、角フェチだけどね。

粉のカタマリ。

スコーンってほんと自由。 つくり手が「スコーン」と名付けてしまえば それがパンのようにふかふかであろうと クッキーのようにサクサクのぺったんこであろうと それは「スコーン」以外のなにものでもなくなるんだもの。 千差万別。 個性あふれる不思議な不思議な"粉のカタマリ"。 そこに込められた、店主のメッセージを 感じたい、伝えたい。

RIN

スコーンの人。
カフェエッセイの制作、ちょこっとライターもやってます。
スコーン求めて全国カフェ行脚。
ザクザク茶色い焼菓子とおいしいカレーが好き。